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2008/3/21

新聞と戦争 緒方竹虎の道(朝日新聞)

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朝日新聞が最近、”新聞と戦争”と題して特集を企画し、かねてから同郷の雄として

憧れていた ”緒方竹虎の道”というサブタイトルが報道された。

その中で、緒方貞子氏が、 3・16事件の犬養毅を曾祖父として、 緒方竹虎が義父であることは

知らなかった。 緒方竹虎やその周辺関係者ついては、時代背景を含めて、

ソコソコの知識は有していた積りであったが、 この特集記事に加えて、改めて調査してみると、

 あまりにも不知の事柄が多くて、 恥じ入っている次第である。

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 以下に、それら習得知識を列記しているので、訪問者のご参考に供すると共に、各位のコメントが

頂戴できれば幸いである。 最後に、G注釈カラムで自分の解釈や意見を加筆している。

また、朝日の原文も揃えているので ご興味のある方は参照されたい。

 

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1)緒方と犬養との繋がりが家系としてあったということと、なんとその家系には、農商務、逓信省大臣で

明治初期の殖産に貢献した後藤象二郎や三菱財閥開祖の2代目岩崎岩崎弥之助なども 繋がって

いる。 更に広くみれば、この閨閥にはハル夫人を通じてライシャワー家にも繋がっているのである。

 

2)次に緒方竹虎は、頭山満、中野正剛などと親交があり、右よりの新聞記者あがりの

豪腕政治家だとのイメージであったが、それは完全に払拭され、真に国家・国民のことを想い、

平和を愛し、冷静沈着な合理主義者の側面が大の政治家であると感じた。

 

3)緒方が親しい頭山満は国家主義者というから、右翼と同義の人柄かと思っていたが、

朝日編集兼印刷発行人・藤本尚則が、私淑していて右翼に対しては国士として応対していた事、

また1941年秋、 陸軍の軍事参議官・東久邇稔彦は、「頭山満を蒋介石のところへ派遣して、

日支全面和平の会談をさせてはどうか」と 首相の東条英機に提案して、

にべもなく断られてはいるが、 その時の繋ぎ役が緒方であったこと、などの記述がある。

つまり、頭山は平和志向の国家主義者と見るべきで、緒方も“頭山を右翼というなら、

僕の右翼関係は 頭山限りであった” 、との名言も吐いている。

 

4)朝鮮併合に関して緒方は“34歳の時、元朝日記者の中野正剛主宰の雑誌『東方時論』の

1922年9月号に、万歳騒ぎ(1919年に始まった朝鮮の独立運動)の声の遠ざかる中で、

「早くも朝鮮問題を根本的に考へることを 忘れつつあるが、これを如何に取扱ふべきか、曰く独立である。

今日の時世に強圧政策ほど不経済な贅沢はない」と、 軍国主義全盛の当時では信じられない

主張報道もしている。 更に、元韓国銀行総裁の閔丙ど(ミンピョンド)との逸話も面白い。

つまり、緒方が朝鮮訪問の際に、 乗馬を通じて知り合った、27歳も年下の閔招待の宴会に

植民地トップの朝鮮総督との宴会に優先させて出席した、 とも報じている。

形骸だけの会を嫌いかつ権力を恐れない、信義を重んずる人間、緒方の一面もある。

 

5)山本五十六連合艦隊司令長官との逸話で、緒方が真珠湾攻撃武勲の祝電に対して、

山本は直ぐに感謝の言葉に添えて、「敵の寝首をかきたりとて武士の自慢には相成らず、

かかれし方の恥辱だけと存候 。切歯憤激の敵は、今に決然たる反撃の可転・・

ご批判はその上にて御願致度存候」との返信があったとのこと。

 

G注釈:

G-1最もこの時期は緒方を含めて、マスコミ界は正義の提唱で社を潰すか、軍への追従かに

追いこめられていた時代であるから、他の新聞を含めて朝日印刷発行人・藤本の行動も、

1980年代の高度成長時代に 企業社長・戦士がとった 多少の非正義ではあっても、

会社の御為精神で行動したこととも、相通じるものがあり、真の国家や国民正義の視点からは、

離れていたのは、多少理解できる。 

そんな意味からすれば、東条に反戦を迫った中野正剛こそ、国家国民を思う、

真の国家主義者であったのではないだろうか?

 
G-2更に、朝鮮関連のくだりからすれば、緒方は経済合理主義の発想を根底にもち、
かつ国境を越えた信義を重んじる、いい意味での世界に通じる高級政治家であったといえる。
果して、戦後の政治家・実業家に、緒方レベルの資質を有する人材は出たのであろうか。
彼の没後には、歴代の首相にしても経団連の諸幹部にしても、時代に的確に追従出来できた
人材はいないように思える。加えて、山本司令長官との逸話にあるように、米国の底力をよく知っている
両雄の無念さなどに比して、戦後の日本のリーダたちの国家理念は国際的に通用したものと
いえるのであろうか? 単に官僚が主導する護送船団に安易に追従して来た、政治家や企業が
こんな日本にしてしまった原因究明と対処を、先ずは有り余る時間と種々の経験を有する
われわれ団塊世代が中心になって猛省すべきことなのかも知れない。
 

2008/3/14

わが国、携帯電話ビジネスの動静

先には、M社の携帯電話端末からの撤退を書いたが、
最近、この事業分野に関係するあらゆるセンセーショナルな話題が報道されているので
自分の理解の範囲で、その話題性とポイントを紹介する。
 
主に参考にした、発表されたものは、
・パナソニック・コミュニケーションズの、
・日経BPの“ケータイの一等地を企業が活用する日“(3月12日)などである。
 
先ずWi-Fiフォンセット(KX-WP800とは、
近世界で急速に浸透してきた世界中どこへかけても無料である、PC電話である。
只、無料といってもWEBに繋ぐ権利は必要であるが、これも無料で参加できるFON(フォン)に登録すれば、
2千円程度の接続機で可能となる。
このSkype通話がよいのは、普通の固定や携帯電話にも通常料金の半値以下でかけられることで、
常時1千万台が活(アクティブ)きている。
こんどのパナソニックコムの商品は、パソコン無しでかつ携帯化したことがそのユニーク性である。
jn080307aKX-WP800
 
次いで、“ケータイの一等地”と耳慣れない言葉であるが、
パソコンのWEBサイトの最上部が宣伝的な効果性大であるため一等地と呼ばれている。
そこで携帯電話分野でも、NTTドコモが20059月にサービスを開始した「iチャネル」や
最近のケータイ向け「ウィジェット」の登場で、携帯画面上でもそのように呼ばれている。
即ち、パソコン業界の雄、マイクロソフト社がWEB2.0潮流で、グーグルにグイグイ追い詰められている事は、
この一等地の支配をした企業にそのビジネスの主導権が移るということを意味しているのである。
当然、グーグルはアンドロイドというOSを無料で支給し、サードパーティ集団作りを着々と展開していることは
承知の事実である。
 
M社は過日撤退を決めたが、この夢のある携帯電話事業領域を世界の先端企業間では
その覇権を占めるべく激しい競争と協調・連携が繰り広げられているのである。
その基盤となる携帯電話プラットフォームが、戦略的に非常に重要となるが、
日本の現状では下記に示すように群雄割拠で、共通化・グループ化が緊急の課題である。
 
Platform
 
このままではわが国の携帯電話事業の将来は、
パソコンの日本国内の雄であったNECのPC98が、多くのサードパーティをもったIBM PC―ATに、
その牙城を攻め落されたケースからも、容易に推測可能である。
M社はこれをいち早く察知して、電話機端末事業から撤退したのであろうか
 
次回には、もっとロングレンジな視点から携帯新時代の行方を、
IT WEBの世界で主役交代の武器になっているWEB2.0展開と連関させて掲載してみる。
 
2008/3/11

M社 携帯電話事業から撤退

38年間勤めたM電機が、久々に負のビッグニュースを発表した。
それは、揺籃期から25年間も展開して年間1500億円の売上げまでを計上してきた、
携帯電話端末事業の終息宣言である。

悔しいのは、斜陽事業分野ならいざ知らず、ITの最先端分野においての撤退である。
成長産業分野から撤退することは、業界・顧客による企業イメージ低下とともに、
社内担当者のモラル低下、技術の陳腐化によるマイナスまで考慮した決定であろうか。
まして、下図にある通り、M社の業界内での位置も同業他社に比して認知度・高感度も左程、酷いわけでもない。
mobilemaのコピー 
国内向け端末メーカーの認知度と好感度
  (出典:日経マーケット・アクセス)
先端技術といえども、再び必要になれば買収すれば解決する、いう安易な判断がなされていないか?
ウェルチ氏が金融業に変革したGE社まで展開するのならいざ知らず、2番手、追従型のM社の姿勢では
製造業において、真の技術を軽視したときの怖さを知らない、”似非”経営判断がされていないことを祈る。
また、撤退する最新携帯電話を、M社URLのトップページ(個人のお客様人気製品)で
今日も宣伝し続けていることも、非徹底でかつ滑稽ですらある。
 
とはいえ、数多い報道の中で「今までありがとう」NTTドコモ編と題して、レクイエムとしての配慮からか?、
1号機から最終35号機のすべてを、坂本純子氏(CNETJapan)が紹介している。
自分には、このURLの機器たちが、M社経営判断の翻意を叫んでいるようにも感じる。 
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1991年4月発売ムーバD   最後の製品で35機種目