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11/21/2009 地域主権とは(行政刷新会議からの考察)447事業の仕分けを一般開放で行い、事業予算の削除・優先化などの第一段階が終了した。成果としては、95兆円を減らすには僅かではあるが、一兆円超を掘り出したようだ。この仕分けをオープンに行ったのが功を奏し、関係者のみならず国民一般から種々の意見が出てきて、平成維新の幸先は悪くないと思う。しかし、その選択の価値基準がまだまだ明確化されていず、担当の仙石国務大臣でさえ11月19日付の仕分け作業の所信で、横断的な見直しの必要が認められた、とその基準の不徹底さを述べている。 つまるところ、税金の有効活用の省庁横断的メルクマール(事業優先度の基準)はどんなものか、であろう。その事業は地方か中央のどちらがベターか、省庁間の事業の優先度、機能が同種(例えば、農水ダムか治水ダムなど)で省庁が異なる事業の優先度も、併せて考慮されなければならない。鳩山政権では、コンクリートから人へを展開しているので、マクロ概念はその方向であろうが、現実に省庁間の事業機能を比較するに非常に難しい基準となる。従って、それらの包括価値基準は、国家戦略室の分担であろうが発足まもない組織では大した基準はないようで、早急に作成しないと厳しい選別は不可能で、従来の既得権益の縦割り官僚(財務官僚?)の言うままにならざるを得ないであろう。 鳩山所信の要旨===>無血の平成維新を実現 狙い:投資方向(コンクリートから人へ) 地域の絆作り(市町村から国まで含む) 外交(緊密・対等な日米関係、東アジア共同体) 実現の方策: 戦後行政の大掃除 地域主権改革
11/18/2009 地域主権とは(地方分権改革推進委員会からの考察)歴史的に見るとこの政策は95年村山内閣の地方分権推進法に遡るが、小泉・安部政権でも三身一体などと称して地方分権を摘み喰い的に利用された。 只、07年の地方分権改革推進委員会(委員長:丹羽宇一郎)はそのよき指導者猪瀬副都知事らのもとで、公開会議方式を採り精力的に展開されたがこれも頑強な官僚の壁に阻まれて、計画倒れになりつつあった。 結局、平成21年11月9日に委員長より第4次勧告として、首相に手渡された。内閣はこれらを、地域主権という概念に置き換えて精力的に展開するようである。 お題目としては“全国一律の押着せ行政から地方自身の発意による行政”という形で現内閣が踏襲している。その例として、道路管理、国有設備の当初の目的外への流用や事務権限の移譲に併せて財源移譲などが謳われている。 行政刷新会議での判断基準との関連は次回に言及する。 11/17/2009 地域主権とは(沖縄ビジョンからの考察)沖縄ビジョンは05年に作成されたものであるが、現政権でもそのエッセンスは踏襲されているもので、自立・独立、一国2制度などのキー概念が詳しく定義もされずに使われている。 ここでは、米軍基地の全面的海外移転や県外移転を明言している。 私見としては、基地移転は仮想敵国が北朝鮮だとすれば、北日本沿岸の閑散空港とその周辺や、超赤字の関西空港への移転ぐらいが現実的ではないだろうか。その理由は、北朝鮮に最も近く包囲しているので戦術的にも好都合であることと、無駄投資である閑散空港の有効利用である。 さらに、日米安全保障を基軸とする自分は理想形としては浮かぶ空港案1、案2が日本の産業活性化と住民配慮の面から最良だと思うのだが。 もっと言えば、同ビジョンでは一応否定はしているが、沖縄の日本国からの独立も見え隠れする。このままほっとけばアイヌも独立したほうが友愛精神に適うなどと、言い出しかねない危険はないか。 11/16/2009 鳩山内閣の地域主権とは今回は、行政展開のキー概念のひとつである、“地域主権”について考察する。 最近大臣や民主党議員らはこの用語を頻繁に使っているが、その概念のグランドデザイン・定義はあるのであろうか、明解なものが見つからないので勝手に推測や考察をしてみる。 地域主権のエッセンスが、①沖縄ビジョンの中にあるのなら、そこには”自立・独立”や”一国二制度”などとんでもない危険なことが書かれているし、 また95年村山内閣から継続してきた、②分権改革推進委員会(委員長:丹羽宇一郎)からもいくつかの重要な勧告がなされている。更に今まさに、TVや新聞で話題の、③行政刷新会議の仕分け作業が具体的な形で補正予算や年度予算でも並行的に展開されている。それらの上位概念であるはずの“コンクリートから人へ”や“友愛政治”では、きちんと誰にも解るような価値基準は出来ているのであろうか。 これら3項目に通底して、短期的にも中長期的にも通用する地域主権の概念・価値基準とはどんなものであるのかを想定しながら、次回から政府の諸活動(事業)において筆者が予見する課題や試案を記述してみる。 地域主権の考察枠組み ・沖縄ビジョン(短期-長期) 上位概念: ・分権改革推進委員会の勧告 => *コンクリートから人へ ・行政刷新会議の仕分け作業 *友愛政治 11/7/2009 民主党の脱官僚政治8月末の民主党の衆院選大勝利により、我が国の政治の質の向上が一段と期待されて来たと思う。 そのため、TV国会中継や毎朝の新聞報道がどんなTV番組より楽しくなってきた。
が一方、自分の従来の生活が如何に政治的無知・無関心であったかを大いに反省している。 今回は、民主党のアイデンティティのひとつである脱官僚政治について、内閣府へその定義を質し
自分の見解を具申した。 下記参照
++++++投稿内容091107++++++
民主党の脱官僚(マニフェスト:原則1 官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ。)の
件ですが、昨今の国会答弁でいくつかの疑問が感じられました。即ち、官僚とはどの組織のどんなポジションを
いうのか、の定義は?
国家公務員法によれば総理大臣から末端職員まで特別職、一般職の差はあれ国家公務員(職員)即ち
官僚ではないのでしょうか?
現状は、慣用的に事務次官以下の職員を官僚といっているようですが、法律的根拠はあるのでしょうか?
この事が参院予算委員会での管副総理や平野官房長官なども明確性が欠落してるご答弁が見受けられますが?
下名の意見は、
総理大臣もしくは国務大臣(政治家)が事務次官以下を任意の組織に着かせる事は”天下り、渡り”とは言わない、
で展開すべきと考えます。
++++++〆〆〆+++++++++
091110追記:本日の参院予算委員会(義家委員)の質問で、平野官房長官が”天下り、渡り”を定義した。
それは”省庁が関連する部門に職員を斡旋する事”と。これも省庁の定義は甘い。
しかし、総理大臣や国務大臣は省庁でないという暗黙の了解はあるようである。 091119追記:政と官のあり方は、091106に”閣僚懇談会申合せ”が作成させているのも拘らず、 官房長官や副総理など国会で天下りの解釈で閣僚不一致発言が多く出て醜態をさらした。 2/14/2009 ”竹中君、僕は間違っていた”:中谷巌氏の懺悔録(文芸春秋3月号)
4/3/2008 政治は国民のものになっているか!よく、我が国には政治に対する不平・不満は語る人は多いがが、我々国民には
それだけの情報が与えられているであろうか。誰の言葉か忘れたが、政治は抽象、国民生活は具象と 言われるが、正に現在の政治は法律一つ決められず、抽象論議で、時を潰しているように思う。
また、これら立法のみならず、行政プロセスも国民にオープンされることが肝要である。 最近の政府広報では、内容的にも、広報的にも相当期待できるものがあるので紹介する。 それは、内閣府からのいくつかの報告である。小泉政権時代に始まった経済諮問会議は有名で、 当時は素晴らしい成果をあげた様に思うが、福田政権になって大した成果は出していない。
それでも、会議日の翌日ぐらいには、太田大臣の記者会見が、ビデオで放映されていることは
内容はさることながら、できるだけ早く広報する姿勢は評価していいのであろう。
因みに逗子、鎌倉市庁や神奈川県庁では、内容的にも時間的にも遥かに落ちる広報しかないのが実情である。 経済諮問会議の内で特に優れているのは、地方分権改革推進委員会(委員長:丹羽宇一郎)の 内容と報告である。そこでは、議事次第・配布資料 動画配信 議事要旨 議事録の4つの資料が
すべて、広報されている。中でも会議ビデオは素晴らしく、配布資料もあるので臨場感のある会議傍聴が
可能である。昨日の会議模様が体感できるので是非訪問して欲しい。約2時間半ほどかかるが・・・。
この会議は、委員長や猪瀬委員など蒼々たるメンバーで各省に対して職員の大幅削減や地方移譲を提言しているが
何一つ無駄はないし、移すものはないと、全面的に官僚サイドが拒否している状態のものである。
これらこそ我々国民がしっかりウォッチして、官僚の中央集権支配エゴを打破すべく、側面から支援することこそ
最優先の義務と考える。(下の写真は、小さすぎる場合は写真もしくはここをクリックしてください)
3/21/2008 新聞と戦争 緒方竹虎の道(朝日新聞)朝日新聞が最近、”新聞と戦争”と題して特集を企画し、かねてから同郷の雄として 憧れていた ”緒方竹虎の道”というサブタイトルが報道された。 その中で、緒方貞子氏が、 3・16事件の犬養毅を曾祖父として、 緒方竹虎が義父であることは 知らなかった。 緒方竹虎やその周辺関係者ついては、時代背景を含めて、 ソコソコの知識は有していた積りであったが、 この特集記事に加えて、改めて調査してみると、 あまりにも不知の事柄が多くて、 恥じ入っている次第である。
以下に、それら習得知識を列記しているので、訪問者のご参考に供すると共に、各位のコメントが 頂戴できれば幸いである。 最後に、G注釈カラムで自分の解釈や意見を加筆している。 また、朝日の原文も揃えているので ご興味のある方は参照されたい。
1)緒方と犬養との繋がりが家系としてあったということと、なんとその家系には、農商務、逓信省大臣で 明治初期の殖産に貢献した後藤象二郎や三菱財閥開祖の2代目岩崎岩崎弥之助なども 繋がって いる。 更に広くみれば、この閨閥にはハル夫人を通じてライシャワー家にも繋がっているのである。
2)次に緒方竹虎は、頭山満、中野正剛などと親交があり、右よりの新聞記者あがりの 豪腕政治家だとのイメージであったが、それは完全に払拭され、真に国家・国民のことを想い、 平和を愛し、冷静沈着な合理主義者の側面が大の政治家であると感じた。
3)緒方が親しい頭山満は国家主義者というから、右翼と同義の人柄かと思っていたが、 朝日編集兼印刷発行人・藤本尚則が、私淑していて右翼に対しては国士として応対していた事、 また1941年秋、 陸軍の軍事参議官・東久邇稔彦は、「頭山満を蒋介石のところへ派遣して、 日支全面和平の会談をさせてはどうか」と 首相の東条英機に提案して、 にべもなく断られてはいるが、 その時の繋ぎ役が緒方であったこと、などの記述がある。 つまり、頭山は平和志向の国家主義者と見るべきで、緒方も“頭山を右翼というなら、 僕の右翼関係は 頭山限りであった” 、との名言も吐いている。
4)朝鮮併合に関して緒方は“34歳の時、元朝日記者の中野正剛主宰の雑誌『東方時論』の 1922年9月号に、万歳騒ぎ(1919年に始まった朝鮮の独立運動)の声の遠ざかる中で、 「早くも朝鮮問題を根本的に考へることを 忘れつつあるが、これを如何に取扱ふべきか、曰く独立である。 今日の時世に強圧政策ほど不経済な贅沢はない」と、 軍国主義全盛の当時では信じられない 主張報道もしている。 更に、元韓国銀行総裁の閔丙ど(ミンピョンド)との逸話も面白い。 つまり、緒方が朝鮮訪問の際に、 乗馬を通じて知り合った、27歳も年下の閔招待の宴会に 植民地トップの朝鮮総督との宴会に優先させて出席した、 とも報じている。 形骸だけの会を嫌いかつ権力を恐れない、信義を重んずる人間、緒方の一面もある。
5)山本五十六連合艦隊司令長官との逸話で、緒方が真珠湾攻撃武勲の祝電に対して、 山本は直ぐに感謝の言葉に添えて、「敵の寝首をかきたりとて武士の自慢には相成らず、 かかれし方の恥辱だけと存候 。切歯憤激の敵は、今に決然たる反撃の可転・・ ご批判はその上にて御願致度存候」との返信があったとのこと。
G注釈: G-1最もこの時期は緒方を含めて、マスコミ界は正義の提唱で社を潰すか、軍への追従かに 追いこめられていた時代であるから、他の新聞を含めて朝日印刷発行人・藤本の行動も、 1980年代の高度成長時代に 企業社長・戦士がとった 多少の非正義ではあっても、 会社の御為精神で行動したこととも、相通じるものがあり、真の国家や国民正義の視点からは、 離れていたのは、多少理解できる。 そんな意味からすれば、東条に反戦を迫った中野正剛こそ、国家国民を思う、 真の国家主義者であったのではないだろうか? G-2更に、朝鮮関連のくだりからすれば、緒方は経済合理主義の発想を根底にもち、
かつ国境を越えた信義を重んじる、いい意味での世界に通じる高級政治家であったといえる。
果して、戦後の政治家・実業家に、緒方レベルの資質を有する人材は出たのであろうか。
彼の没後には、歴代の首相にしても経団連の諸幹部にしても、時代に的確に追従出来できた
人材はいないように思える。加えて、山本司令長官との逸話にあるように、米国の底力をよく知っている
両雄の無念さなどに比して、戦後の日本のリーダたちの国家理念は国際的に通用したものと
いえるのであろうか? 単に官僚が主導する護送船団に安易に追従して来た、政治家や企業が
こんな日本にしてしまった原因究明と対処を、先ずは有り余る時間と種々の経験を有する
われわれ団塊世代が中心になって猛省すべきことなのかも知れない。
5/9/2006 あなたは、きみは、いずれのタイプ?:企業人・社会人・家庭人 初めて社用で訪米した1969年に、訪問先の指導技師から夕食に誘われた時、きみはどのタイプか、との上の質問を受けた。当時、我が国高度成長の企業戦士を自負していたので、即座に企業人と答えた。それに頷きながら氏は、このすべての要素をバランスよく、均等にするとともに、その中身を出来るだけ大きくする事に努めている、と回答した。米国の平均以上クラスは、意識的・無意識的に同様であるのでは、とも付け加えた。その時は、戦勝国の君らはその余裕があるかもしれないが、負けた日本人は先ずリッチにならなければ、なにも出来ないよ、と言った事を思い出す。さてそれから10数年経過した1985年頃からの数年間は、バブル真最中で米国不動産購入など、話題は尽きなかった。その後の10年間は、幸いにも国家プロジェクトの国際共同研究のコーディネータとして世界各国の知識層とコンタクトする機会に恵まれ、再びこの企業人・社会人・家庭人の考え方を思い出しながら、この視点で彼らを見た時、自分を含めた周辺の日本人の薄っぺらさ(企業人のみでは大きく、厚い方はいるが)に”はっ”とした。例えば、家庭サービスの程度はどうか、外国人を招待し、宿泊を勧められるような家屋に住んでいるか、また招待しても、彼らを遇するための楽器演奏などの技術や豊富な趣味、歴史や文学の素養はあるか、などである。つまり我が国は、これら企業・社会・家庭3要素をバランスよく、かつ深くもった人間がより多くなって、彼らと対等なお付き合いが出来て、はじめて真の国際貢献を果たすのではないだろうか。さて、変人小泉首相はどのタイプで、国際人としてどの程度通用するのであろうか。 4/22/2006 日米のガセネタ論議本年2月の衆院予算委員会は、ライブドア事件など金融問題で揺れた。議論の中心は、ライブドア前社長の堀江被告が武部勤自民党幹事長二男への金銭振り込みを指示したとされるメールの存在。疑惑を指摘したのは民主党の永田議員。小泉首相は「ガセネタの意味を辞書で調べた」と皮肉たっぷりに語り、「ガセは偽物、ネタは商品。転じてインチキな情報だ」と即座に説明。永田氏が「メールをガセと信じた根拠は?」と切り返すと「武部幹事長から事実無根との報告を受けた。メールはどこから出たのか提示するべき」と反論した。更に、永田氏の尻馬にのった、前原民主党委員長(当時)は、国政調査権の発動までを要請した。すったもんだの末、このガセネタ騒動は、提案サイドの情報判断・詰の幼稚度・非ガバナンス性が原因で民主党が完敗し、永田議員辞職や前原議員の辞任などで決着した。類似的に思うに、米国でのガセネタ論議はどうだろうか。つまり、ブッシュ大統領はCIAなどからのイラクは破壊兵器を保持している、というガセネタで戦闘行為を決断・実行した。米国のイラク侵攻ご、簡単に全土制圧したが、依然としてイラク国民のための真の維持体制は確立していない。国連はおろか、EU諸国もその収拾に対して建設的具体案を出せずにいる。結果として、最近のイラク政情混乱・軍人死亡の影響でブッシュ支持率は大いに低下していると聞く。最後の収拾策を決定するのは、やはり米国民しか成し得ないか。然らば、CIAのガセネタで侵攻を決断したブッシュ大統領の尻馬にのり、盲目的に米軍侵攻支援のため、自衛隊のイラク派遣を決めた小泉首相を裁くのは誰であろうか。また、今国会で成立を目指している行政改革推進法(特に、特別会計や公益法人など)に関わる行政情報に対して、我々から選ばれた全衆・参国会議員が、国民のため、国家存続のため、官僚情報のガセネタ性を看破してくれることを特に切望する。 3/13/2006 日本の経済体制はモラルからルール至上への変身途上か私の好きな番組のひとつである、サンデープロジェクト(テレビ朝日3月12日放送)で、「ライブドアに見る虚業と実業」を放映した。そこで我が実感した結論は、タイトルに記したように経済社会の概念そのものがパラダイムシフトし、せざるをえないのではないかである。<出演>松田憲幸(ソースネクスト社長)佐々木俊尚(ジャーナリスト)吉崎達彦(双日総合研究所副所長)諸井虔 (太平洋セメント相談役) 因みに、従来からの我が国経済界は、孟子の性善説(仁、義、禮、智の4端の延長線上の徳を基盤とする)に基づくモラル至上主義で発展し、展開していた。更に、マスコミや企業経営人の多くが、虚業でなく、実業をやれともいっていた。その結果、生じてきた習性・悪癖は、護送船団方式、金融保護、株券の持合、ヘッドハント禁止の申合せ、企業談合の繰り返しなどであり、話題のライブドアー騒動も然りである。 しかし我が国の実態は、バブル崩壊以降の欧米型グローバリゼーション化に同調せざるを得なくなってきたのと相俟って、小泉政権下では経済はおろか、安全保障までブッシュ政権(米国)と一心同体化を展開しているのである。これは小泉のみが悪いのでなく、橋本政権以降に端を発したOECD国の使命であり、かつ宿命でないのか、つまるところルール至上主義を展開ぜざるを得なくなってきていると、考える。 同番組を見ていない人のために内容を書けば、肝心のTV番組「ライブドアに見る虚業と実業に関しては、局としては虚業論者と実業論者を2対2の積りで、招請したようであったが、ライブドアを虚業と断言した討論者は皆無であった。おもしろいことに、銀行や消費者ローンも実業というならソフトウエアー、ITつまりライブドアも実業では、という司会者の質問に招請者の誰も反論できなかった。だれか、言ったか聞き漏らしたが、村山ファンドの手口のみは、虚業であると断言していた。理由は思考のすべてが、利益を生むかどうかでしかないから、とのこと。 全体一致の意見でないが、“ホリエモンは、万引きしたのに、検察に死刑を求刑されている”、という下名が最も納得する雰囲気が充満していた感じであった。つまり、速やかな変革・脱皮が要求される、証券業界、そのJSECやマスコミ、ひいては新ジャンルの産業における検察判断力の向上などへの警告であるように思う。(付録:田原氏に対してもこの種のテーマの司会するには限界を感じたのは、果たして自分のみだろうか。) 3/9/2006 日米双方に奇怪な一致概念発生米国牛肉輸入問題関連で、日米双方に奇怪な一致概念が発生しているのではないか。 つまり、アメリカ人にしてみたら自分たちの国では禁止になってなくて、みんなが毎日食べている肉、つまり、「安全だ」と信じている肉である。なのに、それを除去しろと言っている日本人のほうがおかしいし、神経質すぎる、という論理が、米国でまかり通っている。 この論理を聞くとき、アナロージーな論理を使っていた小泉さんが思い出された。つまり、”自衛隊が駐留している所が、安全地帯である”という論理である。このような解釈は、演繹のし過ぎであろうか、またこのような思考ができる融通性が欠けている自分が愚者で、この論理を真剣に展開するアメリカや首相が賢者なのか。 3/8/2006 ホリエモンと小泉の両改革趣旨の類似点・相違点などIT事業関連でのスーパースター“ホリエモン”が、検挙されて久しいが、彼が日本経済界に投げかけた波紋は光と影の両面から非常に大きいと思う。グローバル性を有しない、我が国の善意と慣合いの企業買収や証券取引など、その悪癖・脆弱性を世間に露呈してくれたことは、僅かの50億円程度のマネーロンダリング罪はさておき、産業界への画期的な制度・慣習改革の提言と認めたい。 良識の評論家や経済界の重鎮らは、企業経営は実業がすべてである、との講釈をするが、世界の証券界では総GDPの数倍以上のデリバティブ・オプションが横行している時代に、東証取引システムのトラフィックに関わる構造設計や、発注に対して総株チェックすらしてなかったような、安全基準のお粗末さは、世界の取引規模で2番目とは、世界の笑いものではすまされない。また、与党と財務省がやっている、限られた収入以上の予算策定を繰り返し続け、借金700兆円まで増やした国家経営は、虚業そのものではないのか。そこにはマネーマネーロンダリング罪は存在しないのか。最近オープンになってきた情報公開を利用し、特別会計の仕組みや内容などを徹底的にチェックすることは、国民サイドの必須義務でもあるが。 以下、其々の類似点・相違点を対比的に列記してみる。 類似点:双方とも旧制度打破を目指していた。(旧体制のビジネス界、自民守旧派) 具体的には、前者は証券界の、特に東証自動システム、幼稚性、脆弱性の認識に(付録:東証システムの失態の度にでる、技術のT社元会長、N社長の顔が痛々しい)。後者は、自民守旧派とその馴れ合い政治打破に加えて民主党の幼稚性、脆弱性の再認識に。 相違点:前者は結果として社会悪とされているが、証券界が禿鷹に狙われ難くしたプラス面は?後者は社会善のように思われているが、官僚の手の平での芸術鑑賞に留まっていないか?、資金規模;前者は最高で6000億円程度(現状は10分の1以下に下落)、後者の事業規模(国家予算)は300兆円で、更に700兆円の借金あり。 3/7/2006 ガセネタ・メールの真の仕掛け人は永田議員や民主党幹部が何故、素人でもわかる①公職選挙前後に、“選挙コンサルタント代・・・”という本文の内容や、②この種の金銭は絶対に足が付く銀行口座は使わないことぐらい見破れなかったのか、そこには政治家としての基本的資質が欠落してしまっているのではないか。 また、我が国のマスコミなど政治周辺においても、上記する基本的な疑問を指摘しているマスコミや評論家は皆無で、むしろ電子メール利用の本質を知らないのか、ホリエモンは発信時間には遊説中だから発信できるはずがないと、報じている幼稚な解釈(メール発信時間指定の方法もある)や、更に奇怪なのは、電子メールを含めてライブドアー情報を押収した検察までもが、民主党が国政調査権を要請したのに対してか、そんなメールの証拠物は所有していないとの発表したことである。 対処報道のあまりの幼稚性・自民の即応性を鑑みて、ことによると与党が官憲と組んで描いた策謀に民主党が嵌められたのではないかとの憂いを禁じえない。更にある知人は、N氏に詰め寄られた直後のT氏は、上顎の入れ歯がガクガクしていた(強烈な心理ストレスで歯茎は急激に縮まるとのこと)が、最近の答弁・インタビューでは正常になった、と本当にメール内容の事実があったのでは、とも推測する。 3/3/2006 一字の有・無でその概念・意味がこうも違うとは?(年末・年始とかなり長期間サボった弊ブログを、何人かからの催促で始めました。ご激励、有難うございました。)
小泉政策の重要案件のひとつに、日本政策投資銀行と商工中金の民営化がある。最近の政治ニュース(朝日新聞2006.3.2朝刊)を見ていると、小泉政権はひょっとしたら本物ではないか、という期待感が湧いてくる。 今国会でまとめようとしている行革推進法案で、政府が主張する“完全民営化“を、関連する既得官僚集団(財務省&経済産業省)は当然のこと、行革事務局までもが彼らの利権(根拠法を残す事、国の株をすべて売却しないで影響力を留保)を慮って、”完全に民営化“とすり替えていた、ようだ。それを、いち早く見つけたのが、竹中総務大臣で、現状では”に“なしの、”完全民営化”で修まったとのこと。 これこそ正しく官製談合の温床にもなりかねないし、今後の行く末を国民として“最大に注視”、いや“最大注視”してゆきたい。それとともに、小泉総理が兼ねてから言っている、“自民党(官僚の手のひらで踊っている党)をぶっ潰す”という、発言の真髄を、垣間見た桃の節句(3月3日)であった。当法案も端午の節句頃までには、真に国民のためのものになって欲しいものであるとともに、9月までの残りでは、頼りない民主党の分もカバーして、官僚の悪弊と戦って欲しいものである。 何故なら、我が国の現政治の最大課題は党派の争いより、議員対官僚(地方の含めて)のガバナンス主導の時代と信ずるから 12/13/2005 英語は論理、日本語は非論理的と言うが!日頃新聞ニュースを読みながら不思議に思うことを書いてみる。
よく米大統領は、イラクを民主化するため・・・というが、何故反対党の名前と同義語の民主(Democratiic)を使い、自党の共和化とかせめて自由化といわないのか。
また、それをニュースで伝える、我が国屈指のインテリ集団である記者諸兄が、直訳(これは大学受験でも認めない)しないで、意訳してくれないのか。それとも、意訳したら誤訳する可能性を危惧して、逃げているのか。万一にも、記者諸兄でさえ共和と民主と自由は同義語と思い、報道しているのでは、ないと信じたい。
自分がもし記者なら、意訳して報道し、米大統領府から訴えられているかも。自分のブログ文の拙さは認めるが、非論理性があれば、読者諸兄のご教示を! 12/11/2005 小泉劇場の行く末は 05/9/15マイ・ブログで、小泉政権の大勝利は祝すべきや、と書いた。更に続けて、そうした状況にしてしまったのは、すばらしい演出をして国民を騙した小泉が悪いのか、騙された国民が馬鹿かと。
05/12/05朝日の回顧2005論壇には、その大勝利を、ムラ的なものが完全に壊れた、・・自民党が先に近代党に脱皮した(山崎正和)、大衆が賛成するか反対するかは演出次第で、中身でない。そうゆう本質的な空白が怖い(辻井喬)、国家感を欠いた破壊的行動を、今回小泉首相は取ってしまった(中西輝政)などの意見が記載されている。
どんなに考えても、中西、辻井の判断・意見が正しく聞こえる自分は、我が国では少数派なのであろうか。 12/7/2005 在日米軍の「融合と統合」最近よく新聞に出てくる言葉に、融合と統合がある。例えば、在日米軍再編の「融合」と「分散」や、財政制度審議会は特別会計の見直し案の「統合」時期示されず、などである(双方とも、朝日新聞掲載写真参照)。融合という概念は辞書を紐解けば、”とけて一つになること”とある。また、統合は、”いくつかの物を一つにまとめあわせること”である。何故、前者の場合、融合の代わりに「統合」を使わないのであるか、また後者の場合に「融合」を使わないのであろうか、暇に任せて考えた。つまり、融合とは、上の意味の後に、”元へ人為的に戻らない”という意味があるのでは、また統合とは、人為が働いているので、元へ戻せる、と。さすれば、米軍再編における「融合」と「分散」は、融合した在日米軍は、元へは戻らない、と解釈できる。ここまで来て、はたと疑問が生じてきた、融合した在日米軍をまとめる司令部を、なぜ統合作戦司令部というのか、このような記事を書いた新聞記者に本当の意味を問うてみたい。また、これらは、政府からの発表と記載されているが、政府では真の意味(法的概念も含めて)を、瑕疵なく説明可能であろうか。以上が、日本語の曖昧さに起因するとすると、これらを英語に翻訳したら、きちんとした記述は可能なのか、などと続くが、限がないのでこの辺でやめよう。要は、日本人として在日米軍と自衛隊の関係における、「融合と分散」はどうなっているのか、どうあるべきかに、関心を持つ時期に来ていることは、確かなようである。 10/6/2005 鎌倉に初の女性市長を! 速報:石綿はもういらない来る10月23日(日曜)に鎌倉市長の選挙が開催される。鎌倉地区に住んで20年になるが、久しぶりに、真にガバナンスが出来る市長候補にめぐり会えた。これは今夜のW候補マニフェスト発表会での印象である。(同会では、最近ニュースの石綿(いしわた)アスベストはもういらない、のあるパネラーメッセージに拍手喝采もあって、実にウイットに富む、知的な楽しい会でもあった)
真のガバナンスに長けた方は、市民の意見を真摯に聞ける方だと思う。氏は僅か2週間前から始めた下名とのメール交換で、弊コメント・提案をそのマニフェストの中に、いくつも取り上げて下さっている。大感激!また、新しい公益行政を牽引する能力と経験を十分兼ね備えた頼もしい逸材である。
参考までに氏のマニフェストの趣意を下記する:
◇かえる - 行財政改革;情報公開、自治基本条例、市長室を1Fにして、市民協働など
◇まもる - 緑と景観;景観法やまちづくり条例の活用、ごみゼロの資源循環型社会を目指すなど
◇つくる - 快適な生活環境;高齢者福祉、子育て、都市基盤整備(バリアーフリー、防災)など
賢明な鎌倉市民が、候補を市庁舎に確実に渡し、行政と協働して鎌倉周辺を光輝く、かつ子供にとってもいい生活環境に仕上げてゆくことを信じたい。 9/27/2005 政治の潮流は、ガバメントからガバナンスへ地方分権一括法が平成12年4月から施行されて、政治環境は確実に、中央から地方へ、また国、県、市町村其々のレベルではピラミッド構造のガバメント体制から、フラット構造のガバナンス体制へと展開が進み始めている。しかし、既得権集団の抵抗はかなり強いものがあるようである。つまり、この移行フェーズにおける、最も重要なことは、①政と官の役割の明確化と、②形式的で非効率な縦構造組織でなく、ダイナミックな最適化政策が行える、融通性のあるフラット組織であろう。(出典:http://sousei2.doshisha.ac.jp/kiyou/2pdf/2tomasa.pdf) もちろん、これらを地方自治で規定するのはいうまでも無く、市民もしくは住民基本条例である。鎌倉市では、初めての基本条例市民フォーラムが10月8日に開催される 次の法制度上の特徴的な現象は、NPO法(参照:http://www.npo-homepage.go.jp/new_npo/toc_npo.html)が平成10年に公布され、公益事業を分担するセンターが、役所、公共企業に加えて市民も含めてNPO団体が加わったことである。つまり、公益事業はこれら3者がフラットに協働して展開することが望まれる。鎌倉市では、平成8年には市民活動センター運営会議(参照:http://www3.ocn.ne.jp/~npo-kama/)を市内200以上のNPO団体をコーディネートするNPOが立ち上げられている。 今回の第44回衆院選において、小泉政権与党は民で出来るものは民で、行政改革(小さい政府)などを標榜し、衆院で2/3の議席を確保したのは、正にこれらガバナンス展開や民営化潮流が、国民の信を得たと考える。この流れの前提は、主権者の国民が政権に委託したのであって、政治や行政が主体であってはならない。逆に、我々、預託者にとっては、タナボタ的な与えられる民主主義ではなく、選び抜き、時には勝ち取る、民主主義を意識して、委託者の行動をウォッチすることが肝要と考える。 GOEMON講演会のご案内:来る9月29日(午後1:30~2時間)場所;NPOセンター鎌倉2F テーマ;いまNPOは何をすべきか、=行政は何を期待しているか=、(参加費¥500資料代含む) |
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